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中央線快速通過の是非を問う
JR(国鉄)中央線は昭和41年4月28日に中野−荻窪間が高架複々線化され、地下鉄東西線と相互乗り入れを開始した。その後、昭和44年4月8日には複々線区間は三鷹まで延び、東西線も三鷹まで乗り入れるようになった。
複々線を作るとすれば、一方を緩行線(各駅停車)、他方を快速(急行)線とし、快速の停車駅で、相互の乗換えが同一ホームでできるようにするのが最も合理的であると思うが、中野−三鷹間の場合は違っていた。同一方向の乗換えが便利な方向別とせずに、線路別の配線となったのである。また、昭和43年に、地元杉並区が国鉄との間に覚書を締結させ、以後、休日以外はこの区間の全駅に快速を停車させてきたのも他に例を見ないことである。
ところが、JR東日本の1994年12月3日ダイヤ改正(中央線の土曜日が休日ダイヤ化)により、杉並区内の3駅(高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪)が、土曜日も通過されることなった。この内容が9月19日にJR東日本から発表されたとき、杉並区は猛反発をし、JRには撤回を求める要請書を提出し、運輸大臣には意見書を提出している。また、10月下旬から駅前や商店街に「土曜日の休日ダイヤ化阻止」のノボリや横断幕を掲出している。同区議会は、覚書を一方的に破棄するのは、自治体の威信を著しく傷つけるものであるとしている。 地元にすれば、今まで停車していたものが通過扱いになり、利便性が減少するので反対となるのだろうが、この論拠をそのまま認めてしまうと、現在の不自然な運転形態がいつまでたっても是正されないことになる。
快速の停車駅については、その速達性を損なわないように、利用者数が相対的に多い駅や、他線との乗り換え駅にとどめるべきであり、3駅はこの条件に当てはまらず、本来快速は通過すべき駅なのである。運転形態の決定について、地元の意見に耳を貸すことは当然必要であるが、中央線快速の利用者は杉並区内の住民だけではなく、今では大月からの遠距離通勤者もいるのである。遠方からの所要時間を短縮することもまた、JRの重要な使命の1つである。だいたいが、通過駅があるから「快速」というのではないか。
上の理由から、私は快速電車の土曜日3駅通過に賛成する。土曜日だけでなく、平日も今後通過扱いにすべきだとも思っている(現実的には京浜東北線のようにデータイムのみとなろう)。ただし、評判の悪い線路別複々線を、方向別複々線に改める必要があると思う。現状の線路別複々線のままでは、緩行線から快速線(またその逆)に乗り換える場合、同一ホームでの乗り換えができない。そのため、階段の上り下りを嫌って、各停・快速相互の乗り換えをする人はあまり見られず、結果として快速に乗客が集中する結果を招いている。もし、同一ホーム上での乗り換えができれば、快速が通過しても、ほとんど不便はないのではないか。方向別とするには、東中野−中野間に立体交差を設ける必要があり、難工事が予想されるが、三鷹−立川間の複々線化完成時までには是非ともやる必要がある。今回のダイヤ改正も、平日の快速3駅通過を行うための伏線と考えられなくもない。に、一歩進んだ建設的な意見を持ってほしいと思っている。
ともあれ、「通過絶対反対」で頑張っている人達も、単なる地域エゴと言われないように、一歩進んだ建設的な意見を持ってほしいと思っている。
初出:鉄道友の会東京支部日曜サークル機関誌「休日運転」bP79(94.12.18)
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