都電三ノ輪橋電停の今昔・フォトギャラリー



都電三ノ輪橋電停の今昔

 前身である王子電気軌道の大塚〜飛鳥山間の開業(明治44年)以来の歴史を持つ都電荒川線であるが、平成2年夏に大塚駅前電停が改修されたのに続き、平成3年(1991)4月には三ノ輪橋電停がリニューアルされたので同電停の変遷をレポートする。

■ツーマン時代
 昭和47年11月11日限りで旧王電の27・32系統だけとなった都電であるが、昭和49年10月1日からは両系統が統合され、荒川線となった。それに伴い電車前面の系統番号表示も「荒川線」と変わったが、都電全盛時代そのままの電車が走り続けていた。当時走っていたのは6000、7000、7500形の3形式で、他都市の路面電車ではすでに当り前になっていたワンマンカーはまだ採用されておらず、今思うと貴重な存在であった。三ノ輪橋電停は1・2番線を持つ相対式ホームになっていて交互に電車が発着していた。

■ワンマン化以降
 昭和53年4月からは荒川線はワンマン化され、それに伴い三ノ輪橋電停の1線が撤去され降車用、乗車用にホームが分けられた。車体更新によりワンマン化された電車は進行方向左側の扉しか開かなくなったからである。降車ホームで乗客を降ろした電車は折返しポイントを渡って乗車ホームに入って来るようになった。

 軌道が撤去された跡のスペースは10年間ほどは軌道敷がそのまま残っていたが、荒川線沿線の緑化ということで荒川区がバラの花壇を設置した。そして、平成2年秋から全面改装が行われ、面目を一新した。

■現在
 現在三ノ輪橋電停の周辺は「三ノ輪橋広場」と名付けられた空間になっている。そこには、記念写真を撮っているカップルやお弁当を広げている老人の姿が見られ、遊園地か公園に迷い込んだような錯覚さえ覚える。周りには喫茶店や気さくな食べ物屋が並んだ下町であることに加え、この空間には自動車が進入してこないため落着いた雰囲気を作っている。 各所で再開発が行われ、日々変貌していく東京であるが、ここだけはいつまでも今のよさを持ち続けていてほしいと思う。

★なお、平成10年6月10日(路面電車の日)に、関東の駅100選(運輸省関東運輸局の事業)に選定された記念プレートの除幕式が行われた。


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