僕の名前は都電6162・フォトギャラリー
僕の名前は都電6162
僕の名前は都電6162。現在、荒川線でレトロ電車として活躍中の6152の弟です。僕は今、営団地下鉄丸ノ内線の新大塚駅近くの豊島区立大塚南公園にいます。これから僕の自己紹介をしたいと思います。よろしくお付き合い下さい。
僕は昭和24年7月21日(筆者と同じ誕生日(*^_^*))に生まれました。すぐに青山車庫に配属になり、6系統(渋谷駅−新橋)をはじめとする同車庫の管轄路線を走っていました。昭和42年12月9日の第1次都電撤去後に大久保車庫へ移り、翌年には荒川車庫、そして錦糸堀車庫を最後に昭和46年3月に引退し、その年の5月にこの公園にやってきました。しばらくは児童文庫や老人憩いの部屋として利用されましたが、やがてただ放置されるだけになり、車内は荒れ果ててきました。ヘッドライトやテールライトが壊され、座席や吊り皮はなくなり、ガラスの代わりに入れられた透明アクリル板さえ割られて、僕のドアーには鍵が掛けられ誰も中に入れなくなりました。僕の仲間のうち、何らかの形で廃車後も活用された車輛はおそらく3ケタに上ると思われますが、その大部分はすでに見ることは出来ません。同じ保存車輛でもSLと違って僕らは痛みやすく、よほど大切に扱ってもらわないと結局粗大ゴミにされてしまうことが多いのです。
ぼくの命もそう長くはないと思っていた昨年の秋、僕の体が持ち上げられ、僕はほんの少しだけ移動しました。区の公園緑地課によりこの公園を改修することになったのです。僕の体も化粧直しされることになり、職人さんの手で車体の内外にペンキを塗ってもらい、僕は久しぶりにきれいな姿を取り戻すことができました。ただ、その時に方向幕を埋められてしまったのは残念ですが。
僕がこの公園に来てからもう20年がたちました。僕はもうすでに、現役時代とほぼ同じだけの歳月をここで過ごしたことになります。今度もここに長くいられるように僕を大切に扱ってもらいたいのが今の心境です。皆さんも僕に是非一度会いに来て下さい。車内に掲げられている解説板の記載
昭和46.3.17 都電16番(大塚、錦糸町間)の廃止により、電車を記念物並びに学術資料として永久に保存すべく、当大塚南公園に児童文庫並びに老人憩いの室として電車を利用することとし当所に設置しました。
昭和46.5.1設置 (豊島区)公園緑地課
(初出 鉄道ファン’92年 月号)
★その後、車内での非行防止ということで周囲を完全に囲まれてしまい、満足な写真すら撮れなくなってしまったのは残念である。
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