
ローカル線シリーズ
わたらせ渓谷鐵道元来、第3セクター鉄道にはあまり乗りたくはないと思っていた。なぜならば、車両は鉄道車両らしからぬ規格物のレールバスであり、何より塗色がなじめない。○○川の流れをデザインしたとか、会社名を図案化したとか地元の人でさえ、説明されて初めて分かるような奇抜なストライプ模様が入っていたりする。
しかし、ここわたらせ渓谷鐵道の車両たちは、シックな塗色が好ましく、駅名にも今流行りの横文字や不自然な長大なものはなく、地名に忠実である。そして、何より公害の原点としての足尾は、日本人が一度は訪れるべき所であると思う。
わたらせ渓谷鐵道沿線は、東京からの日帰り小旅行圏としては限界とも言える立地にある。旅行ガイドブックなどでも、大観光地・日光の影に隠れて日陰者の扱いをされているようであるが、見どころも多い。今回は、第3セクター化でどのように変わったのかJR時代と比較しながら、紹介していきたい。
- ●運転・車両
運転本数については、JR時代最後の時刻表(平成元年3月号)によると、上下22本(区間運転含む)だったのが、平成7年8月の時点では、上下53本(区間運転含む)と大幅な増加となった。全線を走る列車は大体毎時1本という計算だが、きちんとしたパターンダイヤになっているわけではない。沿線をいくつか途中下車して楽しむには、まだ列車時刻に縛られているといった感があり、30分に1本のパターンダイヤにまで持っていければ列車時間を気にせず利用できるのだが。
全線の所要時間については、列車により交換の回数に差があるので若干のバラつきがあるが、足尾線時代が下り列車でみると、1時間37〜53分、現在が1時間18〜40分とスピードアップが図られている。しかし、交換に要する時間が長く、かなりのロスタイムとなっており、より一層の改善を期待したい。
車両については、JR時代は高崎運転所のキハ20・30・40が混用され、冷房はキハ40の一部にしかついていなかったが、現在は全車冷房つきとなっている。わたらせ渓谷鐵道の形式は、一見すると、わ89形の○○番代という番代区分にも思えるが、実は独立した4形式である。
わ89-100及びわ89-200形は富士重工のLE-CarUシリーズと呼ばれ、バスに似た車体を持ついわゆるレールバスである。座席配置の違いにより、形式が区別されている。塗色は各車異なり、窓下のサル、リス、キジなど13種類の動物や鳥のイラストラインがアクセントになっている。いずれも当初はWCなしであったが、平成2年7月に201,202はWC取付け改造を行っている。
わ89-300形は、LE−DCシリーズと呼ばれ、外観が鉄道車両らしくなった。イベント兼用車として、転換クロスシートを持ち、丸形3灯ライトのネオ・レトロ調で、車体側面の大きな兔( 301)、鹿(302)のステンレス製レリーフがアクセントになっている。北近畿タンゴ鉄道、くりはら田園鉄道に同タイプの車両がある。塗色は紅銅(べにあかがね)色と呼ばれる阪急電車のマルーンに似た落着いた色である。301は平成2年7月にWC取付け改造を行っている。
開業当初はわ89-100形2輌、わ89-200形3輌、わ89-300形2輌の合計7輌であったが、わ89-102は、開業直後の平成元年5月14日に起きた脱線事故により廃車処分となった。
わ89-310形3輌(311〜 313)は、事故車代替用及び沿線の観光客増加に対応するため、平成2年3月に増備された。わ89-300形に似ているが、ライトが角形4灯にモディファイされ、雨ドイ形状も変更されている。車内も汎用性のあるセミクロスシートになり、WCも当初から設置されている。314,315は平成5年に増備され、311〜 313と同仕様であるが、車体側面下部の形式番号が白文字となり判読しやすくなった。
団体客用には転換クロスシートのわ89-300が、ラッシュ時にはロングシートのわ89-100が優先使用されるが、その他の運用には各車が混用されている。編成両数は単行または2連が基本で、単行時はワンマン、2連には車掌が乗務する。同規模の真岡鐵道がラッシュ帯に4連を走らせているので、こちらも時間帯によっては増結もあると思われる。
足尾線・フォトギャラリー
- ●足尾線最終レポート
鉄道友の会東京支部日曜サークル例会誌「休日運転」117別冊(89.10.15)より小雨降る(平成元年)3月27日の朝、足尾線の最後に立会うために、私は快速「フェアーウェイ」に乗っていた。小山で両毛線の107系100番代に乗換え、桐生へと向かった。翌日限りで足尾線は第3セクター化される。桐生駅には、その前に乗っておこうとする人達が少なからず集まっている。私は桐生駅をひとまず離れ、上毛電鉄の撮影を行い、赤城駅から大間々駅まで歩いた。大間々駅構内には新生わたらせ渓谷鐵道の検修庫が作られ、試運転に余念がない「わ89型」の姿が見えた。乗るべき列車は723D足尾行きだ。編成は、キハ20 204+キハ40 2087+キハ30 19の凸凹3輌の組合わせで、いかにもローカル線らしかった。どうしてもキハ20に乗りたかった。キハ20はローカル線の整理によって急速に姿を消しつつあり、なおかつあまり注目されることもない形式で、関東周辺ではここが最後の地になりそうだからである。薄緑色のペンキが厚く塗り重ねられた車内は老婆の厚化粧を思わせるが、紛れもなく一時代を作った車輌である。
車窓風景は、渡良瀬川に沿って走る路線だけあって、進行方向右側しか楽しめない。左側は山の斜面である。どこの駅でも目についたのは、緑色の歩道橋タイプの跨線橋が設置されていることである。2時間に1本しか来ない列車に非電化の低いホームでは、あまりその必要性はないと思うのだが。あちこちにはすでに新鉄道開業の看板、横断幕が掲げられていた。
一旦水沼で走行写真を撮るために下車し、次の725D間藤行きに乗った。編成は、キハ20 293+キハ40 2089+キハ40 2085の3連だ。神土を過ぎると、草木トンネルに入る。ダム建設によるルート変更でできた長大トンネルで、車掌が15分間通過に要する旨のアナウンスをしていた。トンネルを抜けると、渡良瀬川をトラス型鉄橋で渡る。ここからは左側の眺めがよくなってくる。気動車特有のゆっくりした加速力で高度を上げていく。普段自動車しか乗らない人が足尾線に乗ったら、その加速力の低さは耐えられないのではないか。沢入では「さよなら足尾線」のヘッドマークを付けたキハ20の3連に出会った。6輌しかないキハ20のうち、3輌がこの編成に使われていることになる。15時9分足尾に到着。寂れた構内を後に、わずか3分で終点間藤だ。足尾よりさらに寂れた無人駅であった。何もないところでもあり、この地に用のある客でもないので、全員が折返し列車に乗るようだ。
山を下り始めた列車はエンジンを唸らせることもなく、草木トンネルも7分程で抜けてしまった。3連の気動車は、ローカル線の駅らしからぬ桐生の高架ホームに静かに滑り込んだ。
足尾線〜わたらせ渓谷鉄道の歴史年表へ
わたらせ渓谷鉄道(2)へ
都電の歴史と未来 紀行文 廃線跡探検 踏切 首都圏通勤電車 東京の地下鉄 キーワードはSL バス コラム 廃車体ウォッチング 一般公開 他のページのご紹介 更新履歴
Copyright (c) 1998 Kouji NAKAGOME.All rights reserved.