変わりゆく上野駅・フォトギャラリー



変わりゆく上野駅

■消えた電車特急

 東京の北の玄関口、上野駅。上野駅のホームから鉄道写真を始めた方も多いのではないでしょうか。東北・上越新幹線開業まで上野駅は数多くの在来線の特急が発着し一日中いても見飽きないものでした。新幹線開業で廃止された在来線特急のうち、今回は「とき」、 「やまびこ」、「ひばり」にスポットを当ててみましょう。

1. 181、183-1000系「とき」

 181系「とき」は豪雪地帯を走るため冬期の雪害による遅延、運休に毎年のように悩まされていたため耐寒・耐雪構造を強化した183系1000番代が昭和49年に投入されました。
181系は昭和57年11月上越新幹線の開業にともない引退しましたが、183系1000番代は全車他線に転用され、「あずさ」に使用されているものはグレードアップ改造が進んでいます。

2. 485系「やまびこ」、「ひばり」

 昭和40年10月東北本線盛岡電化にあわせて上野−盛岡に誕生したのが「やまびこ」、上野−仙台には「ひばり」が生まれました。最盛時には「やまびこ」4往復、「ひばり」15往復が設定されていましたが57年6月の東北新幹線開業で「やまびこ」は廃止、11月には「ひばり」も廃止されました。

 東北新幹線の速達列車には「やまびこ」が継承され、各駅停車には仙台−秋田のDC特急だった「あおば」の名称が大抜擢されました。上越新幹線の速達列車には新名称の「あさひ」、「とき」は各駅停車の名称として残りました。「ひばり」は新幹線に引継がれず消えていきました。

 私たちが新幹線で出かけるときは「ひかり」でとか「やまびこ」でとあまり言わずに、新幹線でと言うような気がします。

 これは、新幹線の停車駅のパターンが愛称毎にはっきり区別できないことや、前面にヘッドマークがないため愛称が印象に残りにくくなったためだと思います。それだけに今も在来線時代の特急名称が強く印象づけられます。

■旧19・20番線ホーム

 地上1階の新幹線乗換改札口や新幹線コンコースのある所には旧19・20番線ホームがありました。今は地下4階に新幹線ホーム19〜22番線がつくられ、通路、階段等の拡幅と合せ、地上3階には大連絡橋通路ができました。地平ホームの削減や連絡橋の拡張で、広々としていた上野駅もだんだん窮屈になってきました。

■超高層駅ビル計画で変わる上野駅

 89年9月、JR東日本は「上野駅ビル開発計画」を発表しました。高さ300mの日本一の超高層ビルで、デパート、ホテル、美術館、劇場が併設され、完成は1996年の予定となっています。この計画を聞いたとき感じたのは、近未来の駅とは鉄道、駅、都市空間の調和による多目的なスペースになるだろうということです。すなわち、従来の駅舎という単一目的の建物はなくなっていくということです。現在の駅舎は昭和6年に建てられたものですが、歴史的建造物としては東京駅のように評価されることもなく取壊されることになりそうです。

参考 東京人1990/3月号「さよなら上野駅」

*バブル経済崩壊を受けて、JR東日本は上野駅再開発計画を凍結することにした(JR東日本最高顧問、住田庄二氏の著書「官の経営、民の経営」による)。


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