代官山(仮)駅・フォトギャラリー



代官山(仮)駅ストーリー

 東京の下町が川と運河に囲まれた「水の町」ならば、これと対照的に山の手は起伏に富んだ「坂の町」と言えるだろう。平坦な所を走っていると思われている山手線も、実はかなりの標高差を持った路線である。

 その山手線の西側のターミナルの一つ、渋谷から出ている東急東横線も、渋谷から代官山にかけてまさに谷から山へと変化のある車窓風景を見せる。山手線をオーバークロスした少し先、切り通しの途中に約3年間代官山(仮)駅があった。この仮駅について記録に残すのが本稿の目的である。

 代官山駅はホームが113m(20m級5両分)しかなかったが、桜木町寄りは代官山トンネル、渋谷寄りには渋谷2号踏切があってホーム延長もままならなかった。渋谷発の各停に乗ると「次は代官山でございます。なお、次の代官山では、前2両の扉が開きません。お降りの方は後寄りの車両からお降り願います。」とアナウンスがなされ、扉の締切扱いをする車両にはその旨を表示するステッカーがドアに貼ってあった。

 この客扱い上の不便を解消すべく、東急ではまず昭和61年4月1日に、渋谷側に300m寄った位置に仮駅を開いた。相対式の仮ホームは場所の制約から非常に狭く、急行の通過の際の危険防止のため手すりが設けられ、「列車進入時におつかまり下さい」と書いてあった。それぞれのホームに簡素な出入口が設置されたが、跨線橋はなく、方向別に違う出入口を利用する不便なものであった。駅員は配置されていたが、入鋏省略だったと記憶している。

 東急は早速本駅拡張工事に取りかかろうとした。ところが計画では、ホームの両端をそれぞれ延長するものであったため、踏切廃止に反対する住民から工事に待ったがかかり、また、仮駅周辺の商店主からは仮駅の本駅化を求める声も上がり、工事の着工は大幅に遅れた。結局、当初の計画どおり元の位置に戻すことで決着し、工事が始まったのは仮駅開設から2年が経過した昭和63年の春であった。

 平成元年の3月23日に代官山駅は元の位置に新たにオープンし、これで8両編成も停車可能となった。さらに平成2年の夏には、この街にふさわしいファッショナブルな新駅舎も完成した。

 今、仮駅のあった地点を通過しても、乗客はここにホームがあったことさえ気付かない。

*本稿を書くにあたって、平成元年3月19日付け朝日新聞朝刊の記事を参考にしました。


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