
ビヤステーション恵比寿・フォトギャラリー
昭和60年3月30日、山手線の恵比寿・目黒間の線路を見降ろす高台に、サッポロビールが客車改造のビヤレストラン「ビヤステーション恵比寿」を開店した。当時の国鉄が赤字対策で売り出した電気機関車EF58−91と43系客車3両及び明治のレンガ造りの倉庫を再生利用したもので、総工費に約3億円をかけた。EF58−91はかつてのブルートレイン塗装、客車3両も同じ青色に3本の金帯が巻かれ、“SAPPORO EXPRESS”と名付けられた。開店翌日の日経新聞は「土曜日とあって開店直後の正午すぎには、約 500席が満席。一時は約 200人が並び1時間以上待たされる人も出て、支配人は『お近くの方は別の日に』と断るのに懸命だった。」とその盛況ぶりを伝えている。 回想・ビヤステーション恵比寿
3両編成でスタートしたビヤステーション恵比寿は、のちにローズピンク色の客車3両を追加、6両編成になった。この3両の客車は“STAR★LINER”という愛称が付いていて、うち1両は展望デッキ付きに改造されていた。
好評を博したビヤステーション恵比寿であるが、サッポロビール工場の敷地が再開発されることになり、平成元年10月31日限りで閉店した。その後も、車両は約1年間そのまま置かれていたが、平成2年の秋に“STAR★LINER”3両は目白の貨物駅跡地へ移動、残ったEF58−91と“SAPPORO EXPRESS”の3両は解体されてしまった。
目白へ移った“STAR★LINER”はブルトレ色に塗り変えられ(今度は金帯なし)、「ビヤステーション目白倶楽部」として平成2年12月1日に新装オープンした。今度は客車の台車部分の下だけしかレールが敷かれておらず、客車の横には屋外でもビールが飲めるようにプラットホームに見立てたテラスが設けられている。道路より低い位置にある上に、テラスの前は月極駐車場(来店客の利用はできない)となっており、すぐ脇を走る山手線や埼京線を眺めようとしても広告看板が邪魔となるなど、恵比寿時代と比べてロケーションはかなり悪くなってしまった。
※この原稿を書くにあたって、『鉄道と街・渋谷駅』(大正出版)を参考にしました。
初出 鉄道友の会機関誌”RAIL FAN”92年○月号注:平成8年からJR目白駅前再開発が行われビルが建ち並び、今では「ビヤステーション目白倶楽部」は跡形もない。
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